手術。いよいよ人生最大のビッグイベントのおでまし。

 

6:00起床

寝不足だけど「本日手術」の身の上なのであまり気にならず。子宮体がん検査の結果は異常なしだったので、これで本当に子宮筋腫を撲滅する事だけに集中できる。良かった。そしてどうか麻酔から目が覚めた時に気持ち悪くなる事だけは避けられますように。覚醒した瞬間、ゲロゲロになるのだけはさけたいわーと願いながら、手術当日をスタートさせた。




アルジネードウォーター
ポカリスエット的な




医学、日進月歩。術前絶食であることは昔も今も変わりないですが、日本麻酔科学会の術前絶飲食ガイドラインによると「経口補水液などの清澄水は手術室に入る2時間前まで飲める」という事になったらしく、私が手術した病院では、高炭水化物補給食(栄養機能補助食品)なる飲み物を用意してくれていました。長時間の絶食は術後の回復によくない影響を与えるのでそれを防ぐために飲むんです・・・と、渡されたかな。たしか。



主に病院や介護施設などで使用されているみたいだけど、医療や介護専用品というわけではないらしく、一般家庭でも手に入る代物。家で寝込んで食事が思うように取れなくなった時とか、介護補助にもよさそう。初めて口にする飲み物。手術当日でなかったら「アルジネードウォーターなんぞや・・」みたいな事をすかさずGoogle使って始めるのだろうけど、普段通りに気持ちも身体も動かない。用意されたネスレのアルジネードウォーターを眺めながらベッドの上でじっとする。お隣のじゃがりこ彼女もまだ静か。(じゃがりこ彼女の件はひとつ前の記事でどうぞ)



味が合わなかったり口当たりが悪かったりと人それぞれですので、無理しないようにゆっくり飲んで大丈夫ですよ。「6:00~10:00の間に飲み終わってくれればいいですからね」と、アルジネードウォーター4個(計500㎖)を前日に渡されていたけど、ラムネ早飲み競争のごとくグビグビ飲んだ。味も口当たりも問題なかったし、おまけに暇だったから一気飲みした。そしたらする事がなくなった。



TVをつけて気を紛らわす余裕もなく。かといって、フラフラと廊下を散歩する気にもなれない。カーテンで仕切られた空間の中でじーっと座ってみる。不安が沸々とこみ上げてくるでもなし、やっぱり手術やだー!!!と叫びたい気持ちも出てこない。なんか恐ろしくシーンとした、妙な時間を過ごした感覚だけ残っている。



そして眠剤同様、これまた無理言って手に入れた酸化マグネシウム錠で何とか用を足し(この病院では今よほどのことがない限り、下剤や浣腸での排便促進はしないとの事)、検温・血圧測定ののち手術着に着替える。血栓を予防する弾性ストッキング(ハイソックス)も履いて準備万端。担当の先生や看護師さん曰く「これ、すごくいいんだから」らしいけど、正直圧迫されてる感がまるでなし。私はこの手の「圧がかかる靴下」系のものを履いたことがないので、どんな感じが正解かわからない。術後はこの弾性ストッキングに加えて「フットポンプも装着するから安心してね♡」と言われた。血栓予防は完璧です。たぶん。



弾性ストッキング



時間が来たので、手術室へ行きましょうかと看護師さんがお迎えに来た。TVドラマだと車いすかストレッチャーで手術室へ向かう場面のはずですが、実際は徒歩。「えー、ドラマと違うー」と言ってみたら「よっぽどのことがない限り徒歩ですよ」とクールに返されてしまう。きっとうんざりしてるんだろうなー、このやり取り。でもね、ちょっとだけ期待してたんです。看護師さんふたりに挟まれて、ストレッチャーに寝かせられて、廊下をゴロゴロと進んでいる間、ずっと「大丈夫!私達がついてるから!」と言ってもらえる事を・・・。



点滴も打たず、車いすにも乗せられず、ストレッチャーにも寝かせられず・・・ビッグイベントのはずの手術なのに、エレベーターを待っている私は胸部レントゲンを撮りに行く患者と見分けがつかない。何かがおかしい・・・。



そして手術室。病室から付き添ってくれた看護師さんとは入り口でお別れ。「頑張ってくださいねー!私明日休みなんでー♪」と言いながら消えていった。



執刀医先生がいた。なんかとても嬉しそうな顔をしているように見えてしまうのは気のせいか?名前と自分の手術内容を言わされて手術台へ誘われる。TVドラマでみる手術室とはイメージが違った。思った以上に幅の狭い手術台に寝転がされ、硬膜外麻酔の準備から始める。今更だけど、部屋をもうちょっと片付けてくればよかったなー。万が一が来るかもしれなーい。エンディングノートを書くべきだったー。ネガティブな事を脳がちびちびと考えだした。時間も戻せなければ家にも戻れないのに。



そんな私のココロなんか気にもせず、手術室のみなさんは着々と準備を進めていく。狭い台の上に寝転んでいる私に「もう少し横倒しに・・」「手をこうグーッと・・」「あと少しこちら側に・・」と、無理難題を言ってくる。硬膜外麻酔の準備をするためのポジションを取らせるべく指示がくるのだけど、手術室が醸し出す圧にオドオドしていたので、なんとも要領の悪い50代。「もうちょっと」「いや、そうじゃなくて」を何度も言わせてしまった。



次はいよいよ全身麻酔。吸って吐いてを3回くらいしたかな?目の前の景色がクルンクルンと縦方向に回転しだした風景は今も残っている。研修医、私の子宮に触るんじゃないよ。あんたたち、合コンの話しながら卵巣取りだすんじゃないわよ。それから・・・・・・



あっという間に記憶途切れました・・・



ここでひとつ大失敗した事ひとつ。

生理があっていた頃、私はたまにナプキンかぶれを起こしていたので、もう捨て去るに値するパンツを取っておいて「ナプキン使うほどではないけど使わなかったら下着がちょっとだけ汚れる」くらいになった時、痒み軽減のために、その取っておいたパンツをナプキンせずに履いていた。その使い捨て用にしている「誰とも勝負できないよれよれパンツ」を履いて今回の手術に挑んでしまった。だって退院したら洗濯に回さず捨てようと思ってたから・・・。


でもパンツ。手術する時は脱がされるんですよね・・・・・だって開腹手術なんですもの、私の術式。この「誰とも勝負できないよれよれパンツ」が今回最大の後悔部分。タイムマシンがあったなら、私は私に「そのパンツじゃなくてあっちのパンツを履きなさい」と命令したい。だからこれから手術台に上がる開腹手術予定のみなさんは、ぜひ勝負パンツを履いて行って下さいね。でないと、手術が終わってお部屋でウンウン唸っている時に、看護師さんが「これ、術前に履いてたパンツです。ここの引き出しに入れておきますね♡」って、ビニールに入れて持ってきますからね。擦れた生地のよれよれパンツを。





そんなよれよれパンツを履いていた私の覚醒タイム。

うつらうつらと夢を見ていた。堤真一と工藤阿須加(だったと思う)がふたりでお弁当を食べている(だったと思う)背後から、「終わりましたよ!keme.さん!無事終了です!!」(みたいな感じ)という声とザワザワしている音が聞こえて、少しだけ目を開けた(と思う)。



「起きてください!呼吸できますか?入ってる入ってる(空気が?)、よし抜こう。keme.さん管抜きますねー・・・」と、挿管されていた管を抜かれたみたい。なんとなくこの抜かれる感覚はわかった。けど、気持ち悪いとか痛いとかそういう感覚はなかった。ひと100倍な嘔吐反射の私がすこぶる恐怖としていた「挿管されていた管を抜かれる瞬間のおえぇぇ」は、ありがたい事になかった。



でも挿管されていた管が取れたとたん、喉になんともいえないガサガサ感とヒリヒリ感。痰が絡んだ感じがずっとあったけど咳払いをする力がなくて、そのまんまボワーッとした意識の中で「あ、なんかのどイガイガ・・・」と思っていたら、その時はいきなり来た。



突然、震えなのか痙攣なのか(どっちも同じかな?)よくわからないブルブルガタガタに襲われた。このままだと全身の関節がはずれて顎は壊れるんじゃなかろうかと思うくらいに、ブルブルガタガタ(身体が)そしてカチャカチャカクカク(顎が)。看護師さんにバフッと何かで押さえられた気がした。この辺り、これ以上の記憶なし。で、バフッとされたタイミングでまた眠ってしまったよう。次に気が付いたときは入院病棟に戻っていたけど、朝いた病室とは違う部屋に運ばれていた。んでもって、ブルブルガタガタとカチャカチャカクカクは嘘みたいに治まっていた。ブルブルガタガタは麻酔によって低体温になった証の寒気だったのかしらねーと、ぼおっとしながら薄っすら思う。



「今何時ですか?」が、子宮と卵巣と筋腫を取り除いてリニューアルした私の第一声だった。18時過ぎだと答えが返ってきた。手術の付き添いは自宅待機のリモート付き添いだったので、終わったと連絡しなきゃと気になった。でもそんな事ができるような状態では一切なかった私の身体。もういいや、手術の所要時間(約2時間程度)は伝えてきたし、便りがないのは良い便りって事にしてもらおう。でも手術5時間もかかったの?(手術開始は13時)と思いながらまたうつらうつら。後で先生に確認したら、手術に要した時間は3時間だったと知らされた。どうも2時間くらい覚醒せずにいたみたい。まわりで数人の看護師さんたちがわさわさ作業をしているのが段々と理解できるようになってきたら、手術したお腹周りを中心に身体全部に痛みが来ていることに気が付いた。この時、19時半すぎたくらいだったかな。



なんとか力を振り絞って、LINEでスタンプ1個と「あさた(明日改めて連絡すると打ちたかった)」という文字だけを死に物狂いで打ち、とりあえず目が覚めましたという気持ちを家族に送信。既読になった「あさた」を確認して気持ち沈没。ここから地獄の夜を過ごすことになったのよねぇ・・・。



痛い・痛い痛い・辛い・きつい・痛い痛い痛い・口が乾く・きつい・つらい・ダルい・痛い・水が飲みたい(飲めません)・ダルい・きつい・辛い辛い・口が乾く・水が飲みたい(飲めません)・痛ーい!!!!!!!!!・・・・を、エンドレスで味わった。体位変換のポジション決めについては、私の願う位置と看護師さんの経験からくる想像が合致しなかった。「違います」「あともう少し・・」と微調整する気力はどうやっても湧いてこないので、中途半端以上の着地を何回かさせられ(というか不時着)、心にもない有難うございますを何回か言うハメに。動かない身体を必死で動かして、さっきよりもまだマシな体勢に作り変える。



途中、自動血圧測定器から発せられる「この人の脈計れませんけど」を通知する危機的な音にビビったり、右肩辺りをさすられながら「なんで色が戻らないんだろうね・・」「だよねー、なんでだろう・・」という看護師さんたちの話を遠くに聞きながら、果たして私に夜明けは訪れるのか?と心配でしかたなかったけど、時計の針が朝の4時を過ぎたころ、辛かった痛みが少しだけやわらいだ感じがした。それに添うように気持ちも落ち着いてきだした。朝の4時という時間をこんなに嬉しく思えた事は初めてかもしれない。



そして私はいったい何色になっていたのだろう・・・どんな理由で変色したのだろう・・・なんで看護師が不思議がるくらいに色がついていたのだろう・・・その理由と、その後どんな処置がされたのか聞くのを忘れて今に至ってます。



更年期症状がでてる以外は元気です。


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